自信という人生の宝物院長コラム
2026/07/01 現代社会
先日、高校卒業50周年の同窓会に参加しました。
思い返せば、あっという間の50年です。旧友たちと話し始めると、50年前の出来事が昨日のことのようによみがえってきます。忘れていた記憶が次々と思い出され、「あんなこともあったね」「そうそう、こんなこともあった」と話しているうちに、楽しい時間は瞬く間に過ぎていきました。
私にとって名古屋市立菊里高校で過ごした3年間は、その後の人生を大きく変えた特別な時間でした。だからこそ、同級生たちには感謝の気持ちでいっぱいです。今回の同窓会は、私にとって本当に嬉しく、有意義なひとときとなりました。
中学生までの私は、背も低く体力もなく、運動も苦手でした。かといって勉強が得意だったわけでもありません。兄とは10歳も年が離れていたため、家族の中ではいつまでも子ども扱いされ、ずいぶん甘やかされて育ちました。今思えば、本当に甘えん坊の子どもだったと思います。小学校時代は、そんな私にも先生方は分け隔てなく接してくださいました。「夢に向かって努力することが大切だ」と教えていただき、のびのびと平和な学校生活を送ることができました。
ところが中学校に進学すると、私にはまるで別世界のように感じられました。成績が先生の評価基準となり、成績の良い生徒は何をしても許される一方で、成績の悪い生徒は些細なことで叱られる。生徒同士の間でも成績による優劣意識が強く、精神的に幼かった私はその雰囲気になじめませんでした。 次第に自分に自信を失い、暗い中学生活を送ることになったのです。中学3年生になる頃には、私も少しは成長し勉強に励むようになりました。しかし成績はすぐには上がりません。受験指導で担任の先生から勧められたのは、自宅からバスで1時間ほどかかる高校でした。体力に自信のなかった私は、その勧めに従わず、自分では到底受からないと思われていた高校を受験しました。
ところが、その年は愛知県の高校入試制度が大きく変わった年でした。制度変更による混乱もあり、私は幸運にも自分の実力以上と思われる菊里高校に合格したのです。
今でも忘れられないのは、合格発表を見た後、中学校へ報告に行った時のことです。担任の先生から、「お前のことを一番心配していた」と言われました。その言葉を聞いて、自分がいかに予想外の合格だったのかを改めて実感しました。
しかし、その偶然の合格が私の人生を変えることになったのです。
高校の雰囲気は中学とはまったく違っていました。先生方が生徒を差別することはなく、生徒を一人の人間として信頼し尊重していました。風紀検査のような管理的な指導もほとんどなく、生徒の自主性を重んじる自由な校風でした。
そして何より驚いたのは同級生たちです。私から見れば皆とても優秀でした。しかし彼らは、自信のなかった私に対しても対等な立場で接してくれました。それが本当に嬉しかったのです。優秀な仲間たちと毎日を過ごすうちに、私の心は少しずつ変わっていきました。
「自分は駄目な人間ではないのかもしれない」
そう思えるようになってきたのです。そして気が付くと、今までの私なら考えもしなかった高い目標に挑戦するようになっていました。
高校3年生の時、私は歯学部受験を決意しました。当時の歯学部は難関で、中学時代の私からは想像もできない、向こう見ずとも言えるチャレンジでした。担任の先生からは「三浪コースだな」と冗談半分に言われたこともありました。しかし、不思議と以前のように気持ちが動揺することはありませんでした。
いつの間にか、 「自分を信じて努力すれば何とかなる」そんな気持ちが芽生えていたからです。 結果として私は一浪で歯学部に入学することができました。
振り返れば、その後の50年間も挑戦の連続でした。大学院への進学、専門医の取得、そして開業。つい数年前にはアメリカで講演する機会にも恵まれました。新しい治療法への挑戦も続けてきました。
常に少し背伸びをした目標に向かって挑戦し続けてきたのです。
もし中学時代の自信を失ったままの私だったら、今の人生はなかったと思います。そして68歳になった今も、私は新しい目標に向かって挑戦を続けています。おかげで精神的にも肉体的にも健康な毎日を送ることができています。
私の人生の宝物は、菊里高校で手に入れた「自分を信じる心」です。
人の能力にそれほど大きな差はないように私は思います。人生を大きく左右するのは、自分の可能性を信じられるかどうかです。一度自信を失うと、人は自ら限界を決めてしまいます。
「自分なんて無理だ」
そうやって自分にレッテルを貼ってしまうのです。
しかし、人は本来もっと大きな可能性を持っています。私自身がその証拠です。背も低く、体力もなく、勉強も特別できなかった少年が、自分を信じることを覚えたことで人生を切り開くことができたのです。
高校卒業から50年。改めて振り返ると、私の人生を変えてくれたのは、自由な校風の中で共に学び、私に自信を与えてくれた同級生たちの存在でした。
最後に、人生の宝物を授けてくれた菊里高校の同級生の皆さんに、心から感謝の気持ちを贈りたいと思います。
思い返せば、あっという間の50年です。旧友たちと話し始めると、50年前の出来事が昨日のことのようによみがえってきます。忘れていた記憶が次々と思い出され、「あんなこともあったね」「そうそう、こんなこともあった」と話しているうちに、楽しい時間は瞬く間に過ぎていきました。
私にとって名古屋市立菊里高校で過ごした3年間は、その後の人生を大きく変えた特別な時間でした。だからこそ、同級生たちには感謝の気持ちでいっぱいです。今回の同窓会は、私にとって本当に嬉しく、有意義なひとときとなりました。
中学生までの私は、背も低く体力もなく、運動も苦手でした。かといって勉強が得意だったわけでもありません。兄とは10歳も年が離れていたため、家族の中ではいつまでも子ども扱いされ、ずいぶん甘やかされて育ちました。今思えば、本当に甘えん坊の子どもだったと思います。小学校時代は、そんな私にも先生方は分け隔てなく接してくださいました。「夢に向かって努力することが大切だ」と教えていただき、のびのびと平和な学校生活を送ることができました。
ところが中学校に進学すると、私にはまるで別世界のように感じられました。成績が先生の評価基準となり、成績の良い生徒は何をしても許される一方で、成績の悪い生徒は些細なことで叱られる。生徒同士の間でも成績による優劣意識が強く、精神的に幼かった私はその雰囲気になじめませんでした。 次第に自分に自信を失い、暗い中学生活を送ることになったのです。中学3年生になる頃には、私も少しは成長し勉強に励むようになりました。しかし成績はすぐには上がりません。受験指導で担任の先生から勧められたのは、自宅からバスで1時間ほどかかる高校でした。体力に自信のなかった私は、その勧めに従わず、自分では到底受からないと思われていた高校を受験しました。
ところが、その年は愛知県の高校入試制度が大きく変わった年でした。制度変更による混乱もあり、私は幸運にも自分の実力以上と思われる菊里高校に合格したのです。
今でも忘れられないのは、合格発表を見た後、中学校へ報告に行った時のことです。担任の先生から、「お前のことを一番心配していた」と言われました。その言葉を聞いて、自分がいかに予想外の合格だったのかを改めて実感しました。
しかし、その偶然の合格が私の人生を変えることになったのです。
高校の雰囲気は中学とはまったく違っていました。先生方が生徒を差別することはなく、生徒を一人の人間として信頼し尊重していました。風紀検査のような管理的な指導もほとんどなく、生徒の自主性を重んじる自由な校風でした。
そして何より驚いたのは同級生たちです。私から見れば皆とても優秀でした。しかし彼らは、自信のなかった私に対しても対等な立場で接してくれました。それが本当に嬉しかったのです。優秀な仲間たちと毎日を過ごすうちに、私の心は少しずつ変わっていきました。
「自分は駄目な人間ではないのかもしれない」
そう思えるようになってきたのです。そして気が付くと、今までの私なら考えもしなかった高い目標に挑戦するようになっていました。
高校3年生の時、私は歯学部受験を決意しました。当時の歯学部は難関で、中学時代の私からは想像もできない、向こう見ずとも言えるチャレンジでした。担任の先生からは「三浪コースだな」と冗談半分に言われたこともありました。しかし、不思議と以前のように気持ちが動揺することはありませんでした。
いつの間にか、 「自分を信じて努力すれば何とかなる」そんな気持ちが芽生えていたからです。 結果として私は一浪で歯学部に入学することができました。
振り返れば、その後の50年間も挑戦の連続でした。大学院への進学、専門医の取得、そして開業。つい数年前にはアメリカで講演する機会にも恵まれました。新しい治療法への挑戦も続けてきました。
常に少し背伸びをした目標に向かって挑戦し続けてきたのです。
もし中学時代の自信を失ったままの私だったら、今の人生はなかったと思います。そして68歳になった今も、私は新しい目標に向かって挑戦を続けています。おかげで精神的にも肉体的にも健康な毎日を送ることができています。
私の人生の宝物は、菊里高校で手に入れた「自分を信じる心」です。
人の能力にそれほど大きな差はないように私は思います。人生を大きく左右するのは、自分の可能性を信じられるかどうかです。一度自信を失うと、人は自ら限界を決めてしまいます。
「自分なんて無理だ」
そうやって自分にレッテルを貼ってしまうのです。
しかし、人は本来もっと大きな可能性を持っています。私自身がその証拠です。背も低く、体力もなく、勉強も特別できなかった少年が、自分を信じることを覚えたことで人生を切り開くことができたのです。
高校卒業から50年。改めて振り返ると、私の人生を変えてくれたのは、自由な校風の中で共に学び、私に自信を与えてくれた同級生たちの存在でした。
最後に、人生の宝物を授けてくれた菊里高校の同級生の皆さんに、心から感謝の気持ちを贈りたいと思います。





