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ゴールド免許をもらって考えたこと~人は間違える、だから仕組みで命を守る院長コラム

2026/09/01 現代社会

 つい先日、運転免許証の更新のため、運転免許試験場に行ってきました。今回は30分間の優良運転者講習を受講し、十数年ぶりにゴールド免許を取得しました。これまで何度も高速道路でスピード違反をして覆面パトカーのお世話になり、ゴールド免許とは無縁だと思っていましたから、受け取った免許証を見て自分でも驚きました。まさかゴールド免許になるとは思っておらず、数日前に自動車保険を更新した際にも、保険会社からの問い合わせに「ゴールド免許にはなりません」と答えていたほどです。もちろん、これは早速ゴールド免許として契約内容を変更し、保険料も少し安くなりました。

 そんな喜ばしいことのあった今回の免許更新ですが、講習を受けながら、現在の交通事故対策について一つの疑問を感じました。3人の幼い子どもの命が失われた「海の中道大橋飲酒運転事故」から、今年8月25日で20年になります。そのこともあってか、講習では飲酒運転の危険性について多くの時間が割かれていました。

 この事故をきっかけに、福岡では飲酒運転撲滅運動が盛んに行われるようになり、取り締まりも強化されました。しかし、それでも飲酒運転による違反や事故がなくなったわけではありません。件数は減少しているものの、今なお飲酒運転によって命を失う人がいることも講習で示されていました。

 ここで私は考えてしまいました。「飲酒運転は絶対にしてはいけない」と繰り返し訴え、教育や啓発を行う。あるいは処罰を厳しくすることで、飲酒運転を思いとどまらせる。もちろん、こうした対策は必要です。しかし、人の良心や注意力、あるいは処罰への恐怖に働きかけるだけでは、飲酒運転を完全になくすことは難しい――。この20年間が、そのことを示しているようにも思えるのです。本当に飲酒運転を撲滅しようとするのであれば、最終的には「飲酒した人が運転できない」物理的な仕組みを作る必要があるのではないでしょうか。

 そんなことを考えているうちに、20年以上前にテレビ番組で見たドイツの交通事故対策を思い出しました。当時、ドイツではアウトバーンなどでの高速走行による重大事故が問題となり、その対策が紹介されていました。私が強く印象に残ったのは、単に「事故を起こさないように注意しましょう」と呼びかけるのではなく、事故が起きることも前提として、「事故が起きても人が死なないためにはどうすればよいか」という発想で対策が考えられていたことです。

 その一つが、自動車の構造です。かつては車体をできるだけ頑丈にすることが安全につながると考えられていました。しかし、衝突時に車体の一部をあえて変形させる「クラッシャブルゾーン」を設けることで衝撃を吸収し、乗員を守るという考え方が広がりました。

 もう一つは、事故が起きた後の救命体制です。救急ヘリなどを活用し、重傷者を一刻も早く適切な医療機関へ搬送する。つまり、「事故をゼロにする」ことだけではなく、「事故が起きても命を失わせない」という考え方です。人の意識だけに頼るのではなく、物やシステムによって安全を確保する。この考え方が、当時の私には非常に強く印象に残りました。

 そう考えると、日本の飲酒運転対策にも、そろそろもう一段階の発想の転換が必要なのではないでしょうか。たとえば、自動車にアルコール検知器を組み込み、運転者から一定量以上のアルコールが検知された場合にはエンジンが始動しない「アルコール・インターロック」のような仕組みです。「同乗者が飲酒していたらどうするのか」「本人以外が検査を受けたらどうするのか」など、さまざまな問題は当然あるでしょう。しかし20年前とは違い、現在はカメラや画像認識、生体認証などの技術も大きく進歩しています。技術的な課題があるから不可能だと最初から諦めるのではなく、どうすれば実用化できるかを考える時代になっているのではないでしょうか。

 もちろん、最も単純な方法だけを考えれば、交通事故を減らすために自動車の速度を極端に制限してしまえばよいのかもしれません。しかし、ドイツの対策でも最高速度を制限す事は車の性能を落とすことになり、高性能を売りにしたドイツ車の販売への影響を危惧する声もあったとのことでした。ですから対策には、自動車の利便性や産業への影響も十分に考慮する必要があります。飲酒運転についても同じです。飲酒運転をなくすために飲食店での酒類の提供を禁止する、というのでは現実的ではありません。飲食店をはじめ社会や経済への影響があまりにも大きいからです。社会や経済への影響をできるだけ抑えながら、最も効果の高い方法を考え、実現する。それこそが行政と技術の役割だと思います。

 海の中道大橋飲酒運転事故から20年という節目を迎えた今、飲酒運転対策についても、啓発と取り締まりを続けるだけではなく、「そもそも飲酒運転ができない仕組み」を社会全体で考える時期に来ているのではないでしょうか。

 そして、もう一つ気になることがあります。私も次回の免許更新時には70歳を超え、高齢者として講習を受ける年齢になります。そのため最近は、高齢ドライバーによる交通事故のニュースが以前にも増して気になるようになりました。私と同じくらいの年齢のドライバーによるアクセルとブレーキの踏み間違い事故もしばしば報じられています。

 しかし、高齢者の事故対策についても、免許更新時の講習や認知機能の確認など、「運転する人」に働きかける対策が中心です。もちろんそれも必要ですが、ここでも人の注意力や意識だけに頼るのではなく、物やシステムによる対策をもっと進めるべきではないでしょうか。実際、踏み間違い時の加速を抑制する装置はすでに実用化されています。こうした安全装置の普及をさらに進め、一定の条件を満たさない車では運転できない、あるいは車検を通さないという仕組みを検討してもよいのではないかと思います。

 これから高齢者になる私自身にとっても、安全装置がすべての車に備わることは大きな安心につながります。さらに私は、高齢者にただ「危ないから免許を返納してください」と求めることだけが解決策だとは思いません。

 特に地方では、自動車を運転できなくなることが、そのまま生活の自由を失うことにつながる場合があります。買い物にも病院にも行けなくなる。家族に頼らなければならなくなる。高齢者にとって自動車は、単なる移動手段ではなく、自立した生活を支える道具でもあります。だからこそ、自動運転や運転支援技術を高齢者の事故防止に積極的に活用し、「高齢者から運転する権利を取り上げる」のではなく、「高齢になっても安全に移動できる社会」を目指すべきではないでしょうか。

 人間は間違えます。注意していても失敗します。年齢を重ねれば、反応速度や判断力が若い頃と同じではなくなることも避けられません。そして、お酒を飲んでも「自分は大丈夫だ」と判断してしまう人を完全になくすことも、おそらくできないでしょう。だからこそ、安全な社会を人間の善意や注意力だけに委ねてはいけないのだと思います。「気をつけましょう」と呼びかけ続ける社会から、たとえ人が間違えても、命までは失わない社会へ。

 安全・安心な社会を実現するために本当に必要なのは、人を責め、人に注意を求め続けること以上に、人間は間違えるという前提に立って、物と技術とシステムを進歩させることではないでしょうか。

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