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院長コラムで院長を知ろう!矯正歯科専門医 河合悟が思うこと。

今こそ、道徳教育を院長コラム

2026/11/01 現代社会

トクリュウと呼ばれる「匿名・流動型犯罪グループ」によって、闇バイトに引き込まれた若者が犯罪に加担する事件が後を絶ちません。

 先日、ニュース番組でトクリュウの実像に迫る特集が放送されていました。その中で、闇バイトに巻き込まれたと思われる若者の母親のインタビューを聞き、こうした犯罪を防ぐことの難しさを改めて実感しました。母親によれば、大学生の息子は「夏休みにベトナムで40万円を稼げる仕事がある」と誘われ、海外旅行を兼ねて出かけた後、行方不明になったそうです。警察の捜索でも出国後の足取りは分からず、番組では、カンボジアの特殊詐欺グループの拠点に連れて行かれ、監禁されている可能性が指摘されていました。母親の話を聞く限り、若者は普通のアルバイトだと思って海外に渡ったのでしょう。ところが、実際には犯罪に加担させられる仕事だった。もしそうであれば、犯罪の実行者となってしまった若者自身も、トクリュウという詐欺集団に騙された被害者ではないでしょうか。

 私自身は幸いにも詐欺師に直接遭遇した経験はありません。しかし、身近な家族が詐欺の被害に遭いかけたことがあります。80代の叔母は、電話で還付金詐欺に遭い、銀行のATMからお金を振り込もうとしました。幸い、操作に戸惑っているところを偶然女性銀行員に声をかけられ、詐欺だと気づいて難を逃れました。また、私の兄もパソコンの操作中に突然「ウイルスに感染したので直ちに電話するように」という警告画面が表示され、指定された番号に電話してしまいました。相手の指示に従ってパソコンを操作させられそうになったところで、偶然私から電話が入り、詐欺だと気づいて大きな被害には至りませんでした。

 二人とも、それまでは「自分は絶対に詐欺なんかに引っかからない」と言っていました。それが、いとも簡単に騙されてしまったのです。考えてみれば、詐欺師は人を騙すプロです。相手の心理を巧みに操り、冷静な判断を失わせます。普通の人がこうした詐欺師に出会えば、騙されても不思議ではありません。だからこそ、詐欺に遭わないためには、何よりも詐欺師との接点を作らないことが大切なのです。

 では、最初の若者は、なぜトクリュウという詐欺集団に出会ってしまったのでしょうか。私は、その背景に「簡単に大金を手に入れられる仕事がある」と信じてしまったことがあるように思います。まだ社会に出たこともなく、特別な知識や技術も持たない大学生が、短期間で簡単に大金を稼げる仕事など、そうそうあるはずがありません。そうした話には何か裏があると考えていれば、犯罪組織に近づかずに済んだかもしれません。もちろん、若者を騙し、脅迫や監禁によって犯罪に加担させる組織の責任が最も重大です。しかし、こうした誘いに若者が魅力を感じてしまう社会的な背景についても、私たちは考える必要があると思います。

 現在、SNSには、若くして大金を手に入れ、高級車を乗り回し、豪華な生活を楽しんでいるといった情報があふれています。それが本当なのか、演出された虚像なのかも分かりません。しかし、そうした情報を真に受け、うらやましいと思う若者も少なくないでしょう。いつの間にか、お金を持っていること自体が成功の証しとなり、尊敬や憧れの対象となってしまっているのではないでしょうか。私は、こうした金銭至上主義ともいえる風潮が、若者を誤った道へ引きずり込む一因になっているように思えてなりません。

では、なぜこのような社会になってしまったのでしょうか。

 私は、その原因の一つが、道徳教育の軽視にあると考えています。私が小学生だった頃、毎週1時間、道徳の授業がありました。そこで学んだ教材の中で、今でも鮮明に覚えているのが「​​あいちの偉人」という本です。特に印象に残っているのは、トヨタグループの源流となった豊田自動織機の創業者、豊田佐吉の物語でした。佐吉は、機織りに苦労する母親の姿を見て、「何とか母親を楽にしてあげたい」と考え、織機の改良に取り組み、やがて自動織機の発明へとつなげていきました。子供心に、母親を思う気持ちが世界的な発明につながったという物語に、深く感銘を受けたことを覚えています。

 その本に登場する他の偉人たちも、人のため、社会のために努力した結果として優れた業績を残したということが共通していました。巨万の富を築いたことが偉業として強調されていた記憶はありません。今振り返っても、道徳の授業で「お金を稼ぐことが大切だ」と教えられた記憶はありません。教えられたのは、正直であること、人に親切にすること、努力すること、そして人の役に立つことでした。私は、こうした教育が、知らず知らずのうちに人としての価値観を形作っていたのだと思います。

 もし、子供の頃から「お金は人の役に立つ仕事をして、その対価として得るものだ」という価値観を身につけていれば、「簡単に大金が手に入る」という誘いを聞いたとき、まず疑問を感じるのではないでしょうか。

 ところが、現代社会では、この順序が逆転してしまっているように思います。人の役に立つことよりも、まずお金を手に入れることが目的となり、そのために何をするかという手段が後回しにされているのです。私は、この価値観の逆転こそが、ごく普通の若者をトクリュウという犯罪組織の手先にしてしまう、社会的な土壌になっているのではないかと思うのです。

 現在の教育では、プログラミング教育、英語教育、さらには投資を含む金融教育など、実社会で役立つ知識や技能を身につけることが重視されています。もちろん、こうした教育も大切でしょう。しかし、その前に教えるべきことがあるのではないでしょうか。何が正しく、何が間違っているのか。人を騙してはいけないのはなぜか。自分の利益よりも大切にしなければならないものがあるのではないか。

 現在も学校では道徳教育が行われています。しかし、学校で正直に生きることや努力することの大切さを教えられても、SNSを開けば、短期間で大金を手に入れたという結果ばかりがもてはやされている。これでは、子供たちが何を信じればよいのか分からなくなっても不思議ではありません。

 昔から日本には、額に汗して働くことを尊び、富の多寡だけで人の価値を判断しないという美徳がありました。「武士は食わねど高楊枝」という諺や「清貧」という言葉にも、富よりも誇りや気品、精神的な豊かさを大切にする価値観が込められています。もちろん、豊かになることや、お金を稼ぐこと自体が悪いわけではありません。問題なのは、お金を手に入れることが目的となり、そのための手段や、そこに至る努力の価値が軽視されてしまうことです。

 人を騙して得た100万円と、人の役に立つ仕事をして得た100万円。金額は同じでも、その価値は決して同じではありません。

 この当たり前のことを、社会全体がもう一度考え直す必要があるのではないでしょうか。

 犯罪とは無縁だったはずの普通の若者が、簡単に大金を稼げるという誘いに乗り、犯罪組織に騙され、やがて自らも犯罪の実行者となってしまう。私は、このような不幸を生み出してしまう社会を、何としても変えなければならないと思います。そのためには、犯罪の取り締まりを強化するだけでは十分ではありません。そもそも若者が犯罪組織の甘い誘いに魅力を感じない社会を作ることが必要なのです。

 そして、そのために必要なのが、道徳教育の充実だと思います。

 道徳教育とは、単に良い人間を育てるための教育ではありません。犯罪に巻き込まれないために、自分自身の人生を守る教育でもあるのです。

 そして、この考え方は、これからのAI社会にも当てはまると思います。近年、AIを悪用した詐欺やサイバー犯罪が新たな社会問題となっています。AIは人間の能力を飛躍的に高める一方で、悪意を持つ人間に利用されれば、犯罪の手口をさらに巧妙にしてしまう危険性もあります。AIは人間と同じように善悪を理解するわけではありません。しかし、人間社会の倫理や安全を尊重するように設計し、学習させることはできるはずです。

 人間もAIも、どれほど優れた能力を持っていても、その能力を何のために使うのかという判断を誤れば、社会に大きな害をもたらしてしまいます。

「何ができるか」を教える前に、「何をしてよいのか、何をしてはいけないのか」を教える。

 これは人間の教育にも、AIの開発にも共通する、最も大切な原則ではないでしょうか。

 「人にもAIにも道徳教育を」

 それこそが、普通の若者が犯罪者に仕立て上げられるような社会を変え、次の世代に安心して暮らせる未来を残すための、大切な一歩になると私は考えています。

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