アメリカに幻滅?院長コラム
2025/04/01 政治・経済
日本時間3月1日未明に行われたアメリカのトランプ大統領とウクライナのレゼンスキー大統領の会談の様子は世界入に大きな衝撃を与えました。世界が注目する中、国を代表する大統領同士が、公衆の面前で言い争う姿は異様でしかありませんでした。世界一の大国アメリカの大統領が、侵略戦争を仕掛けれた弱小国の大統領に向かって、顔を赤らめて声を張り上げ怒鳴りつける様子は、弱い者いじめにしか見えず、アメリカの威信が失墜して行くように感じました。
加えてバンス副大統領がレゼンスキー大統領に向かって、アメリカの支援に対して感謝の言葉を述べていないと怒鳴るにも強烈な違和を覚えました。バンス氏は確かに「大国」アメリカの副大統領ですが、レゼンスキー大統氏は弱小国そして支援を受けている国と言えども大統領、副大統領が他国の大統領を怒鳴りつけるとは外交的視点からも考えられない対応です。誰が見ても、アメリカの大統領と副大統領が二人がかりで、弱い立場のレゼンスキー大統領に対するいじめ、パワハラとみえたはずです。会談の内容も何の成果もなく、ただただトランプ大統領とバンス副大統領が自分勝手ないじめっ子と言うことを世界に知らしめた瞬間でした。
トランプ大統領、バンス副大統領のコンビは、レゼンスキー大統領に感謝の言葉が無いとしつこく迫りましたが、感謝は言葉でなく、心の問題。何かをしてもらった時にありがたいと感謝の気持ちを持っていても、当の本人から感謝していると言えと言われたら、感謝の気持ちも吹き飛ぶのが人情でしょう。結局この大統領コンビは、人の心よりも表面的なこと、目に見えること、物質的な損得しか眼中にない卑しい人間に私には思えました。今まで民主国家の盟主として、自由と正義を旗頭に世界を牽引してきたアメリカが消滅したかの様でした。
1957年生まれの私が子供だった頃、日本はまだまだ貧しく人々は生きることに精一杯な状態で、国民の多くが健康で文化的な暮らしを送っているとは言えない状況でした。そんな時代に私は、テレビが普及して間もなく放送された「奥様は魔女」という番組でアメリカの生活を初めて見て、驚きそして憧れを抱きました。いつか、こんな家に住んでアメリア人のような暮らしをしてみたいと夢見たのです。
アメリカへの憧れはずっと続き、高校生の頃には当然のようにアイビーファッションにとりつかれ、それ以来今でもシャツはボタンダウン。結婚して新婚旅行に行ったのも日本に一番近いアメリカ、グアム島でした。歯科医になり矯正歯科を生涯の仕事として選んだことで憧れのアメリカが身近になり、おまけに日本の経済発展のお陰で円高になったことで、アメリカへの渡航の壁は一気に下がりました。
1987年にアリゾナ州ツーソンの矯正歯科の講習会に参加してから、前期高齢者になった今までに、数え切れないくらいアメリカに行きました。アメリカは私にとってのディズニーランド、行くだけで、空気を吸うだけで心が躍り、ハッピーになる場所でした。その影響か?息子は15歳でカナダに入学し、その後34歳の今もアメリカで暮らしています。
そんな私の憧れのアメリカのイメージは、世界の国から色々な人がやって来て、服装も髪型も本当にに自由で自分の思うがまま、世間体など気にせず自分の心にままに生き生きと生きている。そして努力すれば評価され豊かになるチャンスに溢れる国でした。そしてその根底にある思想が「自由と正義」だと私は信じていたのです。
ところがところが、3月1日の大統領同士の会談はこれを根底から崩し、私のアメリカへの憧れも音を立てて崩れていくような感覚でした。多分、世界中のアメリカへのの憧れを持っていた人達も同じような感覚だったと思います。
世界中からアメリカの「自由と正義」に憧れ、それを求めてアメリカにやって来た人が様々な革新的な製品やサービスを生み出し、それをまた私のような世界中のアメリカに憧れる人達が手に入れる事で、アメリカは世界一の経済大国になったのだと私は思っています。それなのに、世界中でアメリカへの憧れ、尊敬が崩れ去り、アメリカに幻滅し、その反動でアメリカを嫌悪する人が世界に広がったとき、果たしてアメリカは世界一の経済大国でいられるでしょうか?
ハリウッド映画もアメリカへの憧れがあってこそヒット作を生み出せるのでしょうし、iPhoneもiPadも同じ事。製品の性能やコスパだけなら、いずれ韓国や中国、あるいは日本の製品に打ち負かされる可能性も高いでしょう。憧れという目に見えないソフトパワーが、実はアメリカの一番の強みだったと私は思っています。ディール、ディールと叫んで損得ばかりを強調するトランプ大統領は、アメリカの一番の強みであるハズのソフトパワーを捨ててしまって、この先どうやってアメリカを引っ張って行くのか?見物ですが、憧れを失った私は寂しさを禁じ得ません。
振り返って私の母国日本は、今が世界にソフトパワーを売り込むチャンス。世界の外交の舞台で自国の利益を主張するのではなく、アメリカ、中国、ロシア等の大国の脅威に萎縮することなく、正義に基づいた主張を堂々とするべきです。正々堂々と行動することで世界から尊敬と憧れというソフトパワーを手に入れることが、混沌とした世界を弱小な日本が生き抜くた為には不可欠だと思います。
加えてバンス副大統領がレゼンスキー大統領に向かって、アメリカの支援に対して感謝の言葉を述べていないと怒鳴るにも強烈な違和を覚えました。バンス氏は確かに「大国」アメリカの副大統領ですが、レゼンスキー大統氏は弱小国そして支援を受けている国と言えども大統領、副大統領が他国の大統領を怒鳴りつけるとは外交的視点からも考えられない対応です。誰が見ても、アメリカの大統領と副大統領が二人がかりで、弱い立場のレゼンスキー大統領に対するいじめ、パワハラとみえたはずです。会談の内容も何の成果もなく、ただただトランプ大統領とバンス副大統領が自分勝手ないじめっ子と言うことを世界に知らしめた瞬間でした。
トランプ大統領、バンス副大統領のコンビは、レゼンスキー大統領に感謝の言葉が無いとしつこく迫りましたが、感謝は言葉でなく、心の問題。何かをしてもらった時にありがたいと感謝の気持ちを持っていても、当の本人から感謝していると言えと言われたら、感謝の気持ちも吹き飛ぶのが人情でしょう。結局この大統領コンビは、人の心よりも表面的なこと、目に見えること、物質的な損得しか眼中にない卑しい人間に私には思えました。今まで民主国家の盟主として、自由と正義を旗頭に世界を牽引してきたアメリカが消滅したかの様でした。
1957年生まれの私が子供だった頃、日本はまだまだ貧しく人々は生きることに精一杯な状態で、国民の多くが健康で文化的な暮らしを送っているとは言えない状況でした。そんな時代に私は、テレビが普及して間もなく放送された「奥様は魔女」という番組でアメリカの生活を初めて見て、驚きそして憧れを抱きました。いつか、こんな家に住んでアメリア人のような暮らしをしてみたいと夢見たのです。
アメリカへの憧れはずっと続き、高校生の頃には当然のようにアイビーファッションにとりつかれ、それ以来今でもシャツはボタンダウン。結婚して新婚旅行に行ったのも日本に一番近いアメリカ、グアム島でした。歯科医になり矯正歯科を生涯の仕事として選んだことで憧れのアメリカが身近になり、おまけに日本の経済発展のお陰で円高になったことで、アメリカへの渡航の壁は一気に下がりました。
1987年にアリゾナ州ツーソンの矯正歯科の講習会に参加してから、前期高齢者になった今までに、数え切れないくらいアメリカに行きました。アメリカは私にとってのディズニーランド、行くだけで、空気を吸うだけで心が躍り、ハッピーになる場所でした。その影響か?息子は15歳でカナダに入学し、その後34歳の今もアメリカで暮らしています。
そんな私の憧れのアメリカのイメージは、世界の国から色々な人がやって来て、服装も髪型も本当にに自由で自分の思うがまま、世間体など気にせず自分の心にままに生き生きと生きている。そして努力すれば評価され豊かになるチャンスに溢れる国でした。そしてその根底にある思想が「自由と正義」だと私は信じていたのです。
ところがところが、3月1日の大統領同士の会談はこれを根底から崩し、私のアメリカへの憧れも音を立てて崩れていくような感覚でした。多分、世界中のアメリカへのの憧れを持っていた人達も同じような感覚だったと思います。
世界中からアメリカの「自由と正義」に憧れ、それを求めてアメリカにやって来た人が様々な革新的な製品やサービスを生み出し、それをまた私のような世界中のアメリカに憧れる人達が手に入れる事で、アメリカは世界一の経済大国になったのだと私は思っています。それなのに、世界中でアメリカへの憧れ、尊敬が崩れ去り、アメリカに幻滅し、その反動でアメリカを嫌悪する人が世界に広がったとき、果たしてアメリカは世界一の経済大国でいられるでしょうか?
ハリウッド映画もアメリカへの憧れがあってこそヒット作を生み出せるのでしょうし、iPhoneもiPadも同じ事。製品の性能やコスパだけなら、いずれ韓国や中国、あるいは日本の製品に打ち負かされる可能性も高いでしょう。憧れという目に見えないソフトパワーが、実はアメリカの一番の強みだったと私は思っています。ディール、ディールと叫んで損得ばかりを強調するトランプ大統領は、アメリカの一番の強みであるハズのソフトパワーを捨ててしまって、この先どうやってアメリカを引っ張って行くのか?見物ですが、憧れを失った私は寂しさを禁じ得ません。
振り返って私の母国日本は、今が世界にソフトパワーを売り込むチャンス。世界の外交の舞台で自国の利益を主張するのではなく、アメリカ、中国、ロシア等の大国の脅威に萎縮することなく、正義に基づいた主張を堂々とするべきです。正々堂々と行動することで世界から尊敬と憧れというソフトパワーを手に入れることが、混沌とした世界を弱小な日本が生き抜くた為には不可欠だと思います。