昭和への回帰院長コラム
2023/02/01 政治・経済
コロナウィルスの感染拡大が収まるに従い、世界の国々でのコロナウィルス対策は次々と緩和され、世界の経済活動が再び始動しました。コロナ禍で人々の動きは制限され、欲望は抑圧されたため世界の経済活動は停止状態で、企業は人員を削減して何とかコロナ禍が過ぎ去るのを頭を低くして過ごしていました。そこへ急激な経済活動が始動し生産活動が追いつかず物不足、人手不足その上、物流網の目詰まりで、昨年は世界の物価は高騰の一途を辿っていました。
コロナ対策の変更が遅い日本でも世界の物価高の影響はじわりじわりと押し寄せ、12月の消費者物価指数は前年同月比で4.0%上昇しました。これは何と1981年12月(4.0%)以来、41年ぶりの上昇率です。1月16日付の日経新聞の記事に60代後半の零細な食品メーカーの社長さんの「春先予定の値上げが取引先に受け入れられるかどうか。先代から経営を引き継いで30年。経営者として初めての値上げなのです。15%増が理想ですが、どうでしょうかね。正直なところ、交渉の進め方も、価格の落としどころも全く読めません。」というコメントが載っていました1990年のバブル崩壊以来、30年あまりに渡って続いた日本のデフレ、物の値段が上がらない時代がついに終わろうとしているのです。物の値段が上がるのが当たり前だった昭和への逆戻り、昭和への回帰です。
私が記憶にある昭和とは小学校入学が昭和39年ですから、昭和40年代以降ですが、小学生の頃1ドルは360円でした。当然アメリカに比べて日本の物価は激安、海外製品は何でも高価でもう死語となってしまった「舶来」と呼ばれ庶民に縁のないものでした。海外旅行なんて、夢のまた夢でアメリカや海外はテレビの中の憧れ別世界でした。
そして昨年、コロナの規制が緩和され海外への渡航が可能になり、海外の物価高を伝えるテレビ番組で、ハワイのコンビニで売られている日本のカップラーメンが5ドル、その時点でのレートで700円、これを見た時、もう当分ハワイにも行けないな~と情けなくなりました。また、ニューヨークのセントラルパークで昼ご飯にサンドイッチを食べている人に年収を聞くと、軒並み年収は1,000万円超え!日本なら所得階層の上位5%にランクされる人ばかり!収入格差もビックリ仰天です。しかし良く考えてみると、昭和の時代の日本とアメリカの格差はもっとあったかも知れません。
昭和の終盤で日本経済が大きく成長し、世界第二の経済大国と言われ、バブル全盛期には「ジャパンアズナンバーワン」という本がベストセラーになり、アメリカのビル不動産を日本の企業が買いあさったのは、もう過去の話です。今では先進国だけでなく、アジアの発展途上国と言われた国々から日本の不動産は安いと言われ、買う側から買われる側になった事を謙虚に受け止めなくてはなりません。日本経済の低迷、経済力の低下は明らかです。これが日本経済の昭和への回帰です。
お金の面だけでなく、人の面でも時代は大きく変わろうとしています。バブルがはじけて以降、特に2000年代初頭には、人あまりで就職難が続き、大学卒業後も就職できず不本意ながら非正規雇用のフリーターの道を歩んだ人も多くいました。それが、昨年からの経済活動の再開で、コンピューターやAIで代用できない人手を必要とするサービス業や建設業で人手不足が顕著になっています。有効求人倍率も全国で1倍を超え、求人難の時代がやって来ています。昭和の時代は人手不足の時代で、労働者不足を補う為に企業は寮や社宅を用意してまで労働力確保の努力をしていました。つまり、人手不足も昭和への回帰と言える現象です。
様々な面で時代は昭和へと回帰していると私は見ているのですが、令和と昭和で大きな違いが有るのが人の心、気持ちです。昭和の時代の日本人は、自分達は世界の中で貧しい、アメリカの様に豊かになりたいと、日々努力しないと暮らしが成り立たないと謙虚な気持ちで暮らしていました。所がどうでしょう、バブルで一度豊かさを手に入れてしまった令和の日本人は、いつまでも豊かさ続く、そこそこやっておけば何とかなると心に余裕があると言えば聞こえが良いですが、私から見ると油断の塊です。
今の日本は昭和の時代に勤勉に働いて築いた過去の遺産を食べていると私は思っています。昨年の円安、エネルギー高で貿易収支が大幅な赤字を記録しても、経済破綻が起こらないのは昭和時代から積み上げて海外投資からの海外からの利子や配当で赤字を埋め合わせているからです。現在の日本はお金を稼ぐ力が衰えていることを自覚しなくてはなりません。日本の取り巻く情勢が昭和に回帰しているのですから、人の気持ちも昭和に回帰する必要があるのです。
しかし昭和への回帰は悲観する様なことではありません。私には、この昭和への回帰が大きなチャンスと思えてなりません。変化にこそチャンスがあるのです。チャンスを活かすかどうかは本人次第、今こそ果敢にチャレンジすることが重要です。
昭和の時代は企業も人も戦後の何も無いところから出発していますから失う物もない代わりに、失う怖さもありません。失敗を恐れず、自分を信じて、自分に賭ける、常にチャレンジするしかない時代でした。平成は日本全体が大企業病に冒され、チャレンジして失敗するよりも、持っている物で何とか食いつなぐと言う、企業も人も低迷、沈滞の時代でした。
平成を経て過去の蓄積や栄光はもう失われてしまったことを悟り、失う事を恐れずチャレンジすべき時代がこれから令和の時代です。人手不足になりましたから、業種に限らず能力があれば、努力すれば、必ず所得も増えていく時代が開こうとしています。「今のままでも何とかなる」の弱い心を捨てて、自分を信じて力の限り頑張るべき時がやって来たのです。企業人であろうが、自営であろうが、現状維持は破滅への道と心に刻まなくてはいけません。昔と違って大企業も世界の荒波にもまれればあっと言う間に消えて亡くなります。東芝が良い例でしょう。
日本経済の30年ぶりの大きな変化をどうとらえて、それにどう対処して生きていくかが、自身の将来、日本の国の将来を大きく左右する気がしてなりません。1990年がバブル崩壊始まり年として記憶されていている様に、今年2023年は未来への転換点の年として歴史の残る年になる予感がします。明るい未来を築くのも、暗黒の未来にするのも私達自身の生き方にかかっています。
これは若い人だけのことではありません。昭和の時代と違って超長寿社会となりましたから、定年を過ぎたからと言って油断している時代ではありません。昭和の60代70代と令和の60代70代は体力、元気さが違います。まだまだ、現役の気持ちでチャレンジが必要です。すべの日本人が一段と気を引き締めてチャレンジスピリットを取り戻し、個人が持てる能力を使い尽くした時、再び日本が世界で輝く国になると私は信じています。
コロナ対策の変更が遅い日本でも世界の物価高の影響はじわりじわりと押し寄せ、12月の消費者物価指数は前年同月比で4.0%上昇しました。これは何と1981年12月(4.0%)以来、41年ぶりの上昇率です。1月16日付の日経新聞の記事に60代後半の零細な食品メーカーの社長さんの「春先予定の値上げが取引先に受け入れられるかどうか。先代から経営を引き継いで30年。経営者として初めての値上げなのです。15%増が理想ですが、どうでしょうかね。正直なところ、交渉の進め方も、価格の落としどころも全く読めません。」というコメントが載っていました1990年のバブル崩壊以来、30年あまりに渡って続いた日本のデフレ、物の値段が上がらない時代がついに終わろうとしているのです。物の値段が上がるのが当たり前だった昭和への逆戻り、昭和への回帰です。
私が記憶にある昭和とは小学校入学が昭和39年ですから、昭和40年代以降ですが、小学生の頃1ドルは360円でした。当然アメリカに比べて日本の物価は激安、海外製品は何でも高価でもう死語となってしまった「舶来」と呼ばれ庶民に縁のないものでした。海外旅行なんて、夢のまた夢でアメリカや海外はテレビの中の憧れ別世界でした。
そして昨年、コロナの規制が緩和され海外への渡航が可能になり、海外の物価高を伝えるテレビ番組で、ハワイのコンビニで売られている日本のカップラーメンが5ドル、その時点でのレートで700円、これを見た時、もう当分ハワイにも行けないな~と情けなくなりました。また、ニューヨークのセントラルパークで昼ご飯にサンドイッチを食べている人に年収を聞くと、軒並み年収は1,000万円超え!日本なら所得階層の上位5%にランクされる人ばかり!収入格差もビックリ仰天です。しかし良く考えてみると、昭和の時代の日本とアメリカの格差はもっとあったかも知れません。
昭和の終盤で日本経済が大きく成長し、世界第二の経済大国と言われ、バブル全盛期には「ジャパンアズナンバーワン」という本がベストセラーになり、アメリカのビル不動産を日本の企業が買いあさったのは、もう過去の話です。今では先進国だけでなく、アジアの発展途上国と言われた国々から日本の不動産は安いと言われ、買う側から買われる側になった事を謙虚に受け止めなくてはなりません。日本経済の低迷、経済力の低下は明らかです。これが日本経済の昭和への回帰です。
お金の面だけでなく、人の面でも時代は大きく変わろうとしています。バブルがはじけて以降、特に2000年代初頭には、人あまりで就職難が続き、大学卒業後も就職できず不本意ながら非正規雇用のフリーターの道を歩んだ人も多くいました。それが、昨年からの経済活動の再開で、コンピューターやAIで代用できない人手を必要とするサービス業や建設業で人手不足が顕著になっています。有効求人倍率も全国で1倍を超え、求人難の時代がやって来ています。昭和の時代は人手不足の時代で、労働者不足を補う為に企業は寮や社宅を用意してまで労働力確保の努力をしていました。つまり、人手不足も昭和への回帰と言える現象です。
様々な面で時代は昭和へと回帰していると私は見ているのですが、令和と昭和で大きな違いが有るのが人の心、気持ちです。昭和の時代の日本人は、自分達は世界の中で貧しい、アメリカの様に豊かになりたいと、日々努力しないと暮らしが成り立たないと謙虚な気持ちで暮らしていました。所がどうでしょう、バブルで一度豊かさを手に入れてしまった令和の日本人は、いつまでも豊かさ続く、そこそこやっておけば何とかなると心に余裕があると言えば聞こえが良いですが、私から見ると油断の塊です。
今の日本は昭和の時代に勤勉に働いて築いた過去の遺産を食べていると私は思っています。昨年の円安、エネルギー高で貿易収支が大幅な赤字を記録しても、経済破綻が起こらないのは昭和時代から積み上げて海外投資からの海外からの利子や配当で赤字を埋め合わせているからです。現在の日本はお金を稼ぐ力が衰えていることを自覚しなくてはなりません。日本の取り巻く情勢が昭和に回帰しているのですから、人の気持ちも昭和に回帰する必要があるのです。
しかし昭和への回帰は悲観する様なことではありません。私には、この昭和への回帰が大きなチャンスと思えてなりません。変化にこそチャンスがあるのです。チャンスを活かすかどうかは本人次第、今こそ果敢にチャレンジすることが重要です。
昭和の時代は企業も人も戦後の何も無いところから出発していますから失う物もない代わりに、失う怖さもありません。失敗を恐れず、自分を信じて、自分に賭ける、常にチャレンジするしかない時代でした。平成は日本全体が大企業病に冒され、チャレンジして失敗するよりも、持っている物で何とか食いつなぐと言う、企業も人も低迷、沈滞の時代でした。
平成を経て過去の蓄積や栄光はもう失われてしまったことを悟り、失う事を恐れずチャレンジすべき時代がこれから令和の時代です。人手不足になりましたから、業種に限らず能力があれば、努力すれば、必ず所得も増えていく時代が開こうとしています。「今のままでも何とかなる」の弱い心を捨てて、自分を信じて力の限り頑張るべき時がやって来たのです。企業人であろうが、自営であろうが、現状維持は破滅への道と心に刻まなくてはいけません。昔と違って大企業も世界の荒波にもまれればあっと言う間に消えて亡くなります。東芝が良い例でしょう。
日本経済の30年ぶりの大きな変化をどうとらえて、それにどう対処して生きていくかが、自身の将来、日本の国の将来を大きく左右する気がしてなりません。1990年がバブル崩壊始まり年として記憶されていている様に、今年2023年は未来への転換点の年として歴史の残る年になる予感がします。明るい未来を築くのも、暗黒の未来にするのも私達自身の生き方にかかっています。
これは若い人だけのことではありません。昭和の時代と違って超長寿社会となりましたから、定年を過ぎたからと言って油断している時代ではありません。昭和の60代70代と令和の60代70代は体力、元気さが違います。まだまだ、現役の気持ちでチャレンジが必要です。すべの日本人が一段と気を引き締めてチャレンジスピリットを取り戻し、個人が持てる能力を使い尽くした時、再び日本が世界で輝く国になると私は信じています。