後世に伝える院長コラム
2013/09/02
毎年8月になると、太平洋戦争当時の事を伝える新聞記事やニュースが沢山流れます。また、終戦記念日に靖国神社に政治家が首相が参拝するとかしないとか、毎年の風物詩のように報道されます。加えて今年は右寄りの安倍晋三が総理大臣に返り咲いたと事や中韓との領土問題でのごたごたから、例年にも増して太平洋戦争当時の出来事について注目が集まっています。それに目を付けたという訳でもないでしょうが、今年の夏には「風立ちぬ」、「終戦のエンペラー」、「少年H」と立て続けに、太平洋戦争を題材とした映画が封切られました。
戦争当時を振り返る報道も映画も戦争の悲惨さ、人間の弱さや愚かさを伝えるもので、見る者に改めて反戦の大切さを意識させられます。特に太平洋戦争で実際に戦い幸運にも生き延びることができた方々が伝える戦争の当時の生々しい言葉には、人の心に訴える力があります。後世の人々同じ間違いをくり返すことなく前に進んで行く為には、自身が経験した悲惨な事実を後世に伝えることが自分たちの使命であると語られていた方の言葉が強く心に響きました。
私の父も満州へ従軍し、終戦後はシベリアに約2年間抑留されていましたが、運良く生き延びることができ引き揚げ船で舞鶴港に戻ってきたのです。子供の頃からシベリアに抑留されていたことは聞いていましたし、毎年戦友の会に出かけて行っていましたが、満州で何があったのか、シベリアでどんな目に遭ったのかを父が話してくれることはありませんでしたし、私もあえて、父の話したくない悲惨な経験を聞こうとは思いませんでした。唯一大変な事があったんだろうと感じたのは、母から復員後に父が亡くなった沢山の戦友のご家族に、戦友の最後の事を報告する為に手紙を書いていたと聞いたことくらいでした。
父が亡くなりもう17年経ちますが、父の戦争当時の体験を聞いておけば良かった、言いたくないなら文書にして残して置いてもらえば良かったと、今も悔やまれてなりません。戦争についての父から聞いたことは、とにかく戦争は良くない、戦犯には戦争の責任があると言う事くらいでしたから。
最近特に、私が父の戦時中の話を聞いておけばと思うのは、保守色の強い安倍首相や自民党が憲法9条の改正を目指していることに関係しています。実際に戦地に行った父が二度と戦争なんてするもんじゃないと言っていましたから、私は実際に戦争と体験した先人達は戦争の悲惨さを知り、それがたとえ防衛のためであろうとも日本が再び戦争する事のないように憲法9条を作ったのだと思います。仮に一部の保守系の人が言うように現在の憲法が占領軍により作られ、日本に押しつけられた者であっても、戦争を体験した先人達は平和の大切さを知っていますから、それを受け入れ、憲法9条がある日本国憲法を誇りとして来たのだと思います。
それが時が流れ、戦争を実際に体験した人が国民の大半を占め、ほとんどの政治家が戦争体験のない時代となった今、憲法9条を改正し、防衛のためであれば交戦権を認めようと言う論議が盛んになってきました。今こそもう一度戦争当時の国民の悲惨さに目を向け、僅かに残る戦争体験者の声に耳を傾けなくてはいけません。それが先人に学ぶことです。
それと同時に大切なのは、私たちも自身の経験を後世に伝えることです。その一つが東日本大震災の経験、それに伴う福島原発の事故でしょう。震災の時に住民が助け合い、自衛隊やアメリカ軍に援助され、多くの国民が義援金を送った等々、心温まる善意の活動が沢山報道されました。しかし、良い事ばかりではなかったはず、略奪も有ったらしいですし、避難所では住民同士のトラブルも有ったと聞いています。先日偶然出会った今も家に帰ることができない福島原発の避難勧告地域の方によれば、現在も時々避難勧告地域の留守の家を帰る度に色々な物が少しずつ無くなっている、つまりは窃盗犯がいると聞き驚きました。戦争でも災害でも悪い事も良い事も有るのが当たり前、その両面、その事実をきちんと後世に伝えることが重要です。
戦争のように大きな事件でなくても、仕事を通じての自身の経験、子育てにおいての経験、人々の全ての経験が後世の人の役に立つのです。「歴史はくり返す」とよく言いますが、くり返すのは先人が経験を後世に十分伝えていないために、再び同じ事をしてしまうと言う事だと言えなくも有りません。
私の仕事で有る矯正歯科の分野でも、ある時は歯を抜いての矯正治療がはやり、しばらくすると歯を抜かない矯正治療がはやる、またある時には機能的な矯正装置がはやり、またある時には機械的な矯正装置がはやる、何時も繰り返しその周期は、私が思うに20年から30年。それにはちゃんと理由があります。例えば歯を抜かない矯正治療がはやって、無理してどんどん歯を抜かずに矯正治療をして上手く行かず、結局、歯を抜いて矯正治療をやり直すと言った苦い経験をした矯正医も20年もすれば引退して、また経験の少ない矯正医が再び無理をして歯を抜かない矯正治療を行うと言った具合です。誰でも歯を抜かない方が良いので、その誘惑に惑わされてしまうのです。ここで先人がその失敗も隠さず伝えていればと思いますが、良い事は論文になって残っていますが、失敗は残っていないのが実情です。
最近の矯正歯科でこれと同じだと私が思っているのが、インビサラインとかクリアアライナーと言われる、弾性の有る透明なプラスチックを用いた矯正装置のことです。これは患者さんの歯の模型を理想的な歯並びに並べ直し、それにフィットするプラスチック製のトレイを作り、トレイを歯に装着してプラスチックの弾性を利用して歯を動かそうとする装置です。数年前からよく見かける様になり最新の矯正装置として紹介されていますが、これと同じようなダイナミックポジッショナーという装置が私が大学を卒業した25年前に開発され、講習会が良く開かれていました。手軽で患者さんの負担が少ないと画期的と思われたダイナミックポジッショナーもきちんとした治療結果を得ることが難しい事が明らかとなり、いつの間にか消え去ってしまいました。それから20数年の時を経て、ダイナミックポジッショナーを見聞きした矯正医が少なくなったところで、インビサラインの登場です。しかし、経験した先人から見れば結果は見えています、消え去るのは時間の問題だと。しかしそこには患者さんという犠牲が伴います。それを防ぐには先人が勇気を持って失敗の経験を後世に伝える必要があるのです。成功も失敗も全て事実を後世に伝えることが重要です。
口伝えで子供に託す、あるいは文書に残して、今ならもっと簡単にブログやフェイスブックに書き込むのも良いかも知れません。自身の経験を多くの人に伝える事で、人が同じ間違いを犯すことなく前進する、発展する事を手助けすることができるのです。素晴らしいことだと思いませんか?
私自身も、勇気を持って自分の経験を後世に伝える努力をして行きたいと思います。
戦争当時を振り返る報道も映画も戦争の悲惨さ、人間の弱さや愚かさを伝えるもので、見る者に改めて反戦の大切さを意識させられます。特に太平洋戦争で実際に戦い幸運にも生き延びることができた方々が伝える戦争の当時の生々しい言葉には、人の心に訴える力があります。後世の人々同じ間違いをくり返すことなく前に進んで行く為には、自身が経験した悲惨な事実を後世に伝えることが自分たちの使命であると語られていた方の言葉が強く心に響きました。
私の父も満州へ従軍し、終戦後はシベリアに約2年間抑留されていましたが、運良く生き延びることができ引き揚げ船で舞鶴港に戻ってきたのです。子供の頃からシベリアに抑留されていたことは聞いていましたし、毎年戦友の会に出かけて行っていましたが、満州で何があったのか、シベリアでどんな目に遭ったのかを父が話してくれることはありませんでしたし、私もあえて、父の話したくない悲惨な経験を聞こうとは思いませんでした。唯一大変な事があったんだろうと感じたのは、母から復員後に父が亡くなった沢山の戦友のご家族に、戦友の最後の事を報告する為に手紙を書いていたと聞いたことくらいでした。
父が亡くなりもう17年経ちますが、父の戦争当時の体験を聞いておけば良かった、言いたくないなら文書にして残して置いてもらえば良かったと、今も悔やまれてなりません。戦争についての父から聞いたことは、とにかく戦争は良くない、戦犯には戦争の責任があると言う事くらいでしたから。
最近特に、私が父の戦時中の話を聞いておけばと思うのは、保守色の強い安倍首相や自民党が憲法9条の改正を目指していることに関係しています。実際に戦地に行った父が二度と戦争なんてするもんじゃないと言っていましたから、私は実際に戦争と体験した先人達は戦争の悲惨さを知り、それがたとえ防衛のためであろうとも日本が再び戦争する事のないように憲法9条を作ったのだと思います。仮に一部の保守系の人が言うように現在の憲法が占領軍により作られ、日本に押しつけられた者であっても、戦争を体験した先人達は平和の大切さを知っていますから、それを受け入れ、憲法9条がある日本国憲法を誇りとして来たのだと思います。
それが時が流れ、戦争を実際に体験した人が国民の大半を占め、ほとんどの政治家が戦争体験のない時代となった今、憲法9条を改正し、防衛のためであれば交戦権を認めようと言う論議が盛んになってきました。今こそもう一度戦争当時の国民の悲惨さに目を向け、僅かに残る戦争体験者の声に耳を傾けなくてはいけません。それが先人に学ぶことです。
それと同時に大切なのは、私たちも自身の経験を後世に伝えることです。その一つが東日本大震災の経験、それに伴う福島原発の事故でしょう。震災の時に住民が助け合い、自衛隊やアメリカ軍に援助され、多くの国民が義援金を送った等々、心温まる善意の活動が沢山報道されました。しかし、良い事ばかりではなかったはず、略奪も有ったらしいですし、避難所では住民同士のトラブルも有ったと聞いています。先日偶然出会った今も家に帰ることができない福島原発の避難勧告地域の方によれば、現在も時々避難勧告地域の留守の家を帰る度に色々な物が少しずつ無くなっている、つまりは窃盗犯がいると聞き驚きました。戦争でも災害でも悪い事も良い事も有るのが当たり前、その両面、その事実をきちんと後世に伝えることが重要です。
戦争のように大きな事件でなくても、仕事を通じての自身の経験、子育てにおいての経験、人々の全ての経験が後世の人の役に立つのです。「歴史はくり返す」とよく言いますが、くり返すのは先人が経験を後世に十分伝えていないために、再び同じ事をしてしまうと言う事だと言えなくも有りません。
私の仕事で有る矯正歯科の分野でも、ある時は歯を抜いての矯正治療がはやり、しばらくすると歯を抜かない矯正治療がはやる、またある時には機能的な矯正装置がはやり、またある時には機械的な矯正装置がはやる、何時も繰り返しその周期は、私が思うに20年から30年。それにはちゃんと理由があります。例えば歯を抜かない矯正治療がはやって、無理してどんどん歯を抜かずに矯正治療をして上手く行かず、結局、歯を抜いて矯正治療をやり直すと言った苦い経験をした矯正医も20年もすれば引退して、また経験の少ない矯正医が再び無理をして歯を抜かない矯正治療を行うと言った具合です。誰でも歯を抜かない方が良いので、その誘惑に惑わされてしまうのです。ここで先人がその失敗も隠さず伝えていればと思いますが、良い事は論文になって残っていますが、失敗は残っていないのが実情です。
最近の矯正歯科でこれと同じだと私が思っているのが、インビサラインとかクリアアライナーと言われる、弾性の有る透明なプラスチックを用いた矯正装置のことです。これは患者さんの歯の模型を理想的な歯並びに並べ直し、それにフィットするプラスチック製のトレイを作り、トレイを歯に装着してプラスチックの弾性を利用して歯を動かそうとする装置です。数年前からよく見かける様になり最新の矯正装置として紹介されていますが、これと同じようなダイナミックポジッショナーという装置が私が大学を卒業した25年前に開発され、講習会が良く開かれていました。手軽で患者さんの負担が少ないと画期的と思われたダイナミックポジッショナーもきちんとした治療結果を得ることが難しい事が明らかとなり、いつの間にか消え去ってしまいました。それから20数年の時を経て、ダイナミックポジッショナーを見聞きした矯正医が少なくなったところで、インビサラインの登場です。しかし、経験した先人から見れば結果は見えています、消え去るのは時間の問題だと。しかしそこには患者さんという犠牲が伴います。それを防ぐには先人が勇気を持って失敗の経験を後世に伝える必要があるのです。成功も失敗も全て事実を後世に伝えることが重要です。
口伝えで子供に託す、あるいは文書に残して、今ならもっと簡単にブログやフェイスブックに書き込むのも良いかも知れません。自身の経験を多くの人に伝える事で、人が同じ間違いを犯すことなく前進する、発展する事を手助けすることができるのです。素晴らしいことだと思いませんか?
私自身も、勇気を持って自分の経験を後世に伝える努力をして行きたいと思います。