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院長コラムで院長を知ろう!矯正歯科専門医 河合悟が思うこと。

パーフェクトストーム院長コラム

2017/04/01 医療・健康

 私が行っている矯正治療の方法Tweed法を世界の矯正歯科医に教えているTweed Study Course のCo-directorであるJames L. Vaden先生がアメリカ矯正歯科学会の雑誌(American Journal of Orthodontics)にOur perfect storm : One orthodontist's opinionのタイトルでエッセイを書かれていました。Vaden先生はアメリカの矯正歯科医なら誰でもその名を知ってい位に著名な矯正歯科医ですが、Tweed International Foundationのmeetingでお目にかかれば気楽に声をかけて下さいますし、また私のTweed法に関する疑問を拙い英語で手紙を書いたところとても丁寧にお返事を下さるような、本当に尊敬する値する矯正歯科医です。そんなVaden先生が矯正歯科の領域では世界で最も権威があるAmerican Journal of Orthodonticsに投稿されたエッセイ、私は興味津々でした。

 しかしタイトルがOur perfect storm、パーフェクトストームで思い出されるのは、ジョージクルーニー主演の実在の大嵐を題材にした映画でしょう。映画では大嵐に遭遇し自然も猛威に翻弄されるカジキ漁船の逃げようがない恐ろしい状況が描かれていましたから、歯科医、矯正歯科医に災難が起こるとVaden先生が書いているのだろうと思いながら読んでみました。

 まず驚いたのは今後数年間の間に全米で歯科大学が15校開校すると言う事です。アメリカでは歯科医は医師よりも高収入で「US News」新聞社が発表している、アメリカの「The 100 Best Jobs」(人気職業ランキングみたいなもの)の2017年版で、なんと歯科医がナンバー1にランキングされるくらいですから、歯科大学も人気あるのだろうとは思っていましたが、それでも一気に15校増えるとは。1990年代には歯科医師が増えすぎ歯科大学の入学希望者が減ったことで全米で歯科大学6校が閉校した事を知っていた私は、時の流れとアメリカのラジカルな変化に本当に驚きました。

 Vaden先生は、こんなに急激に歯科大学(歯科医師)が増加すると様々な弊害が出てくると警告しているのです。アメリカの大学生のほとんどは奨学金つまり借金をして大学に行きますから、卒業時には400,000〜600,000ドル(4千万円~6千万円)もの負債を抱えて歯科医になるのです。その為、手っ取り早く収入を得る必要にせまられ、卒業後に臨床家として十分なトレーニングを積むことなく診療に当たることになります。また、歯科医が増えれば医院の経営も厳しくなり、より簡単により多くの収入を得られる治療を目指すことになって行きます。

 そして、何より問題なのは教育を行う熟練した歯科大学の教員の不足です。歯科医師が不足しているから、歯科大学を作ろうとしているのですから教員となる歯科医師も不足するのは当然です。その結果、大学教育や卒後研修のレベルは低下し、歯科医師の治療技術も当然低下していきます。

 そして、歯科医療のレベルは地に落ち、社会の信用を失い歯科医の生きる道がなくなる、これがVaden先生が心配しているperfect stormです。

  ここまで読んで私が思ったことは日本の歯科業界はアメリカの一歩先を行き、もう既にperfect stormのまっただ中じゃないかと言う事です。アメリカでの歯科大学15校の開校は、日本の1970年代前半の歯学部増設ラッシュに重なります。 その結果が現在の日本ではコンビニよりも歯科医院が多いと言われるくらい歯科医師過剰になり、歯科医師は収入の減少に苦しみ、歯科医院の閉院はありふれたこととなり、将来を悲観した歯科医師の自殺も珍しいことではなくなりました。

 歯科医院の競争激化で、採算を重視した診療が重要視され、自費診療のインプラントや矯正治療を行う歯科医院が激増しました。しかし、専門的な治療を行おうとすれば、本来なら治療技術を身につけるために長い研修期間を必要とするのが当然ですが、採算重視ですから、何とか簡単に、誰にでもできる治療法がないかと歯科医師も歯科材料の業者も考えるのは当然で、その結果ある意味いい加減な治療方法がはびこってしまっています。

 矯正歯科の分野でもVaden先生もエッセイの中で 「 “Widget” orthodontics (お手軽矯正とでも訳しますか?)」の蔓延と書かれているような、早く、簡単に、誰にでもできると言う小手先の矯正治療が日本でも蔓延しています。そして、今やそれが矯正歯科の主流となろうとしています。

 先日目にしたある矯正歯科学会の雑誌の症例報告には、大学病院で治療されたにも関わらず、従来の矯正治療の目標にはとても達していないと思われる、私か見れば失敗と思える症例が堂々と報告されていました。Vaden先生の心配の通り、お手軽矯正治療が蔓延したために日本の矯正歯科の治療レベルは低下し、今や大学病院でも私としては許せないレベルの治療結果を良しとしているのです。


 しかし、残念ながらもう今後の改善は望むべくもありません。矯正歯科医を育てる大学病院の診療レベルが下がってしまったので、そこで学ぶ矯正歯科医を目指す若い歯科医師が高い矯正治療の目標を持ち高い技術を習得することはできません。


 私が矯正歯科の道に進んで30数年の間に、基本を大切に自分自身の矯正治療の技術を磨いてきたつもりですが、いつの間にか日本の矯正歯科は私が正しいと思う方向とは違った所へ行ってしまったようです。


 私の感覚では、治療のゴールが移動してしまったと感じるのですが、今や多数を占めるのは早い、簡単、誰にでもできる矯正治療、私はいつの間にか異端児、あるいは時代遅れの頑固親父になってしまったようです。


 Vaden先生が臨床家の心得として「As a practitioner, do nothing for any patient that you would not do for your child or your sibling.」(臨床医として、あなたの子供またはあなたの兄弟のためにしないことを患者さんにしてはいけない)と最後に書かれていますが、これは私が常々スタッフにも言い、つまり患者さんを家族と思って治療に当たれと書かれています。私もクリニックのクレドにも書いているように患者さんを家族と思い治療に当たっていますが、これこそが臨床家の一番大切な心だと思います。


 パーフェクトストームの映画の最後は、漁船の漁師は全員死んでしまい後には何も残らないと言う悲しい結末です。異端の矯正歯科医となった私は身をかがめ、目立たずひっそりと私は私の信じる正しい道、つまり大変でも面倒くさくても基本を大切にした矯正治療の道を一段と究めて、何とかこのパーフェクトストームをやり過ごし生き残ってハッピーエンドになるように頑張ろうと思っています。

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