人事を尽くして天命を待つ院長コラム
2011/05/01
毎年この季節は、新年度に入り、入学、就職あるいは転勤等々、新しい環境で、心機一転希望に燃えている多くの人がいる一方で、受験や就職戦線で希望がかなわず失意から這い上がろうとする人がいる、その明暗を強く感じます。特に今年は、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた町の様子や膨大な数の被災された方々の様子を見ることが多いので、暗い、苦しい立場の人のことを考えることが多いように思います。そんな苦しい、苦境にあえぐ人々を見る時、何時も私の頭に浮かぶ言葉、それが「人事を尽くして天命を待つ」です。
私が始めてこの言葉を強く意識したのは大学受験の前だったように記憶しています。高校時代成績もパッとしなかった私が当時難関だった歯学部受験決めた時、担任の先生も合格は難しいと言っていましたが、こうと決めると他のことを考えることが出来ない私は歯学部のみ6校を受験しました。偏差値から私立の歯学部ぐらいなら当然合格すると高を括っていたのですが、当時の私立大学の不明瞭な入試システムの前に見事にすべて不合格。しかし、浪人した時も他の学部に行くことなど頭のどこにもなく、とにかく歯学部を目指しました。その頃、何時も心の中で唱えていたのが「人事を尽くして天命を待つ」と言う言葉です。「やるだけやったら、それでしょうがない」という半分やけっぱちな気持ちもあったかも知れませんが、とにかくやれるだけやる、結果のことは考えない。一浪目の受験も歯学部のみ6校を受験し、何とか歯学部に入学し歯科医となることがでしました。
大学時代は平穏無事で苦しい局面に立つことはありませんでしたが、歯科医になってからは、無給医局員、奨学金を貰っての大学院生活そして、医局での人事や研究あるいはプライベートなことでも金銭面や精神的なことで苦しい事の連続でした。特に大学を辞め樋口矯正歯科クリニックで働き始めて3年目の1997年のことは忘れられません。この年、少子化と小児歯科の増加に加え消費税の増税による不況で患者数が著しく減少し、クリニックの経営が一気に傾きました(2010年末までの診療実績参照)。この先どうやって患者さんを確保し、クリニックを運営して行くのか、考え悩む内に私は、胃潰瘍になり不眠が続きついには鬱病になってしまいました。考えれば考えるほど、悪いことばかり頭に浮かび八方塞がりで、私の人生にもう将来がないように思えてしまっていました。心療内科で薬を貰い,睡眠が取れるようになり、少し冷静に考えられるようになった時、頭に浮かんだのがやはり「人事を尽くして天命を待つ」の言葉でした。そしてその言葉を胸に患者さんの為に自分が出来ることは何かを考え小さなことから実践しました。そうすると状況は何も変わっていないにもかかわらず不安が薄れ、おまけに色々試行錯誤していると不思議と力になってくれる人が現れたりして、何とかクリニックの苦境を脱出し,現在までクリニックを運営してくることが出来ました。
そしてこの苦しい経験から私は自分一人の力で生きているのではなく、色々な人や社会に助けられて生きているんだと強く思い、人や社会に感謝の気持ちを強く持つようになりました。その時頭に浮かんだ言葉は、「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」と言う言葉です。それこそ高校生の頃に習った気がしますが、ずっと忘れてしまっていた言葉ですがこの経験の後ふっと頭に浮かんできたのです。本当に苦しい経験だったけど、あの経験があったら今の自分があるんだと思った時「艱難汝を玉にす」の言葉が頭に浮かんだのです。
その後も子供の学校のことなどで自分自身も、子供も苦しいことがありました。しかし、私は苦しい時は何時も、これも全て自分たちが成長するために神様が与えてくれた試練。これを乗り越えればまた一歩成長できると「艱難汝をたまにす」信じ、「人事を尽くして天命を待つ」を実践して何とか毎日を送っています。
人生、上手く行くことばかりではありません。大震災も起こってしまった物は仕方がありません。どうして、どうしてと起こってしまったことを悔やんでも何も前に進みません。どうか皆さん、苦しい時こそ「艱難汝を玉にす」の言葉を胸に「人事を尽くして天命を待つを実践しましょう。不安で縮こまるのではなく、まずは行動を起こすこと、最初の一歩は小さな一歩かも知れませんが、まずは踏み出すことが大切です。自分自身が一歩ずつ努力するとそれを支え協力してくれる人達が現れ、どんどん物事が前に進んで行くようになります。その結果、あなたの未来、被災地の未来、そして日本の未来が従来よりも一段と素晴らしい物になるはずです。
私たちの未来をより素晴らしいものにするために、神様は私たちに試練を与えられたのです。
私が始めてこの言葉を強く意識したのは大学受験の前だったように記憶しています。高校時代成績もパッとしなかった私が当時難関だった歯学部受験決めた時、担任の先生も合格は難しいと言っていましたが、こうと決めると他のことを考えることが出来ない私は歯学部のみ6校を受験しました。偏差値から私立の歯学部ぐらいなら当然合格すると高を括っていたのですが、当時の私立大学の不明瞭な入試システムの前に見事にすべて不合格。しかし、浪人した時も他の学部に行くことなど頭のどこにもなく、とにかく歯学部を目指しました。その頃、何時も心の中で唱えていたのが「人事を尽くして天命を待つ」と言う言葉です。「やるだけやったら、それでしょうがない」という半分やけっぱちな気持ちもあったかも知れませんが、とにかくやれるだけやる、結果のことは考えない。一浪目の受験も歯学部のみ6校を受験し、何とか歯学部に入学し歯科医となることがでしました。
大学時代は平穏無事で苦しい局面に立つことはありませんでしたが、歯科医になってからは、無給医局員、奨学金を貰っての大学院生活そして、医局での人事や研究あるいはプライベートなことでも金銭面や精神的なことで苦しい事の連続でした。特に大学を辞め樋口矯正歯科クリニックで働き始めて3年目の1997年のことは忘れられません。この年、少子化と小児歯科の増加に加え消費税の増税による不況で患者数が著しく減少し、クリニックの経営が一気に傾きました(2010年末までの診療実績参照)。この先どうやって患者さんを確保し、クリニックを運営して行くのか、考え悩む内に私は、胃潰瘍になり不眠が続きついには鬱病になってしまいました。考えれば考えるほど、悪いことばかり頭に浮かび八方塞がりで、私の人生にもう将来がないように思えてしまっていました。心療内科で薬を貰い,睡眠が取れるようになり、少し冷静に考えられるようになった時、頭に浮かんだのがやはり「人事を尽くして天命を待つ」の言葉でした。そしてその言葉を胸に患者さんの為に自分が出来ることは何かを考え小さなことから実践しました。そうすると状況は何も変わっていないにもかかわらず不安が薄れ、おまけに色々試行錯誤していると不思議と力になってくれる人が現れたりして、何とかクリニックの苦境を脱出し,現在までクリニックを運営してくることが出来ました。
そしてこの苦しい経験から私は自分一人の力で生きているのではなく、色々な人や社会に助けられて生きているんだと強く思い、人や社会に感謝の気持ちを強く持つようになりました。その時頭に浮かんだ言葉は、「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」と言う言葉です。それこそ高校生の頃に習った気がしますが、ずっと忘れてしまっていた言葉ですがこの経験の後ふっと頭に浮かんできたのです。本当に苦しい経験だったけど、あの経験があったら今の自分があるんだと思った時「艱難汝を玉にす」の言葉が頭に浮かんだのです。
その後も子供の学校のことなどで自分自身も、子供も苦しいことがありました。しかし、私は苦しい時は何時も、これも全て自分たちが成長するために神様が与えてくれた試練。これを乗り越えればまた一歩成長できると「艱難汝をたまにす」信じ、「人事を尽くして天命を待つ」を実践して何とか毎日を送っています。
人生、上手く行くことばかりではありません。大震災も起こってしまった物は仕方がありません。どうして、どうしてと起こってしまったことを悔やんでも何も前に進みません。どうか皆さん、苦しい時こそ「艱難汝を玉にす」の言葉を胸に「人事を尽くして天命を待つを実践しましょう。不安で縮こまるのではなく、まずは行動を起こすこと、最初の一歩は小さな一歩かも知れませんが、まずは踏み出すことが大切です。自分自身が一歩ずつ努力するとそれを支え協力してくれる人達が現れ、どんどん物事が前に進んで行くようになります。その結果、あなたの未来、被災地の未来、そして日本の未来が従来よりも一段と素晴らしい物になるはずです。
私たちの未来をより素晴らしいものにするために、神様は私たちに試練を与えられたのです。